能登半島第38次派遣(20251107-1109)第39次派遣(20251121-1124)

20240921能登半島豪雨

能登半島第38次派遣(20251107-1109)あすなろの里まつり

能登半島第39次派遣(20251121-1124)

◎全体をとおして

 前半の派遣では、支援先である門前町浦上地区における今年のメインイベント、「あすなろの里まつり」に協賛し、屋台の出店、カラオケ大会への参加、劇への出演をした。
 まず8日は屋台の設営・仕込みをしながら数時間にわたる劇の稽古があり、特に第三幕の私が登場する場面を念入りに稽古をつけてくださった。
 当日は午前中いっぱいが屋台村(野菜直売、手作りグッズや籠の販売、焼き鳥、生ビール、ジュース、コーヒー、ミスタードーナツ、カレーライス、炊き込みご飯を地元の方が出店し、私たちはたこ焼きと焼きそばを出店した) 大盛況で、当日は無料配布が禁止されていたため、たこ焼き、焼きそば共に200円で売り、売り上げ金の全額を里まつり実行委員会に寄附した。手が回らないくらい忙しかったが、地元有志の方々6名が最後までお手伝いくださり、たこ焼きなどは全てまかなってくださった。
 午後からはカラオケ大会とメインの芝居があり、カラオケ大会では、トップバッターと最後のとりを任され、トップバッターでは菱田隊員がマツケンサンバ2を地元のお調子者3名とユン隊員をバックダンサーに従えて会場は盛り上がった。
 ラストの曲はユン隊員が救援隊のテーマソング、中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』を歌い、皆を感動の渦に巻き込んだ。ユン隊員が歌う前に、以下のナレーションをした。『今から歌うのは、金光教大阪災害救援隊隊員、みなさんご存知のユン隊員です。この曲は、我々救援隊のテーマソングです。私たちは14年前、東日本大震災でこの活動を始めました。活動開始から半年が経つ頃、もうその役割は果たしたのではないかと、活動が打ち切りとなります。いよいよ最後と言われた日、被災地の皆さんとお別れをして、車を運転して帰るときに涙が溢れました。被災地の復旧復興も見届けずに去っていくことが本当に辛く悲しかったのです。その時、隣に座っていた隊員が、今は一旦帰るけど、竹内くん、来月もこの道を走っているのではないかな。と励ましてくれました。私は帰ってからも復興を見ずして撤退するとは何のための宗教教団か!と思って腹立たしさや苛立ちを覚えていましたが、私たちの誠実な気持ちに、味方がだんだんと増え、やがて組織となり、支援を続けられるようになりました。その最後と言われた時の帰り道にラジオから流れていたのがこの曲で、時間がないので移動はいつも夜、夜中に走ることが多かったのですが、何千キロ、何万キロと走るなか、ずっと車のヘッドライトとテールライトばかりを見続けてきました。 その時のことを忘れないようにと、隊員間でこの曲が救援隊のテーマソングになりました。 歌の歌詞にあるように、私たちの旅はまだまだ終わりません。 これからも一度でも多く通って、少しでも皆さんのお役に立たせていただきたいと願っています。 引き続きよろしくお願いいたします。』 と、大きな拍手をいただいて、ユン隊員も歌い切りました。盛り上がったところでカラオケ大会は終わりメインイベントの劇が始まりました。
 劇の内容は水戸黄門で、能登半島に昔嫁を漁師に取られて食べられてしまった大鯰が住み着いている。昨年の大地震も水害もその鯰の仕業でした。鯰を追い出すために御老公様は一計を案じます。最後には輪島の無形文化財である御陣乗太鼓の演武をもって大鯰を追い出しました。劇のなかでは、第三幕に私の出番と台詞があるのですが、その際、公民館館長のアドリブで、「昨年一月の大地震から月に4回も、大阪からうまいものを作りに来てくれる、しんちゃんこと孫七(私の役名)に感謝しているなどと、劇の内容が変わってしまうくらいのアドリブで私たちへの感謝の気持ちも述べられ、100名以上の観客も笑いあり、涙ありの大盛況のままに幕を下ろした。
 被災地域の皆さんと一体化し、帰りには何十名もの住民の方々に見送られ、やはり私たちの活動は、値千金であると自負している。私が言うのも非常におこがましいのですが、いよいよ、今の金光教大阪災害救援隊は大阪大学の教授が申されたように、災害地をソフト面で支えることが出来る日本一の宗教ボランティアになれたのではないでしょうか。
 11月後半の会でも、カラオケ大会や村芝居の話題で現地被災者の方々との話も尽きず、「みなさん凄いですね!役者揃いだったのですね!」などと、褒められているのか笑われているのかわからないまま笑い合うことが出来、少しでも被災した傷を癒す働きができていると思う。新聞にも掲載された。
 しかし、喜んでばかりはいられない。現実を見ると何度も申しますが、能登半島地震の被災地は復興が非常に遅れており、未だ一昨年の元日のまま手つかずの光景も見られる。
 地域の方々には、「金光教さんの活動には地域の皆が本当に長いあいだお世話になって、励ましてもらいました。大阪に向かってだけは足を向けて寝られません。」とまで言っていただき、なんとか細くても長く続けられる方法を考えてまいりたい。せめてもう少し復興を見届けるまで、月一回の支援を目指して資金集めや活動に奔走したいと思っています。
 12月からは雪が降ります。被災者の方々は仮設住宅の過酷な環境のなか辛い思いをされています。私たちも慣れない雪の中、覚悟を決めて通わなければなりませんが、なんとか頑張ってまいります。
 以上、第38次、第39次、能登派遣の報告といたします。
教区の先生方をはじめ全教信奉者のみなさまには、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。どうか引き続きのご支援をお願いいたします。赤い羽根共同募金『ボラサポ』の支援をいただいての活動を続けさせていただいております。感謝申し上げますとともに、引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)