能登半島第15次派遣(20240906-09)第16次派遣(20240914-17)

派遣報告書

〇能登半島地震第15次派遣

〇能登半島地震第16次派遣

◎全体をとおして

 8月の納涼祭を過ぎたあと、被災者の方々との距離もずいぶんと縮まり、ほとんどの方とお話しできるようになってきた。
 このたび(15次派遣)は3人での活動となったが、そこは神様のお働きがあって3人でも十分に働かせていただくことができた。
 いきなり辛い話からになるが、このたび初めて知ったこと。並ばれていた方から伺ったこと。
「竹内さん、さっき並ばれていた方ご存知ですか?」
「はい、最近お見かけするようになって、、、」
「実は、よく知っている方なのですが、ご家族を震災で亡くされて、自分もものすごく近しい方だったのでショックで辛かったです。マスコミが張り付いて、家の前で泣き崩れる家族を放映したりして、、、心無くて、お母さんにかける言葉もなかったんです。どうしておられるだろうかと本当に心配していたら、今日ここでお会いできたので、少し安心することができました。」と教えてくださった。
 震災から8か月経ち、被災者の方々、ほんの少しだけは心の整理がついてきたかも知れないが、心の復興にはほど遠い状況にあると思った。
 こんなことは1月から毎月二回、ずっと通い続けている私たちにしかわからないことだが、私たちが訪ねることで、ほんの少しでもその方々の心の支えになれているならば、それは価値のあることだと思う。
 前半の回(15次派遣)では、二日目の炊き出しのあと、暗くなるのも早くなってきて、後片付けが夜のうちに出来ないと判断し、翌朝再び浦上公民館に行って後片付けをしているとスタッフの方と館長さんから、
「竹内さん、次回もまた近いことですから、テントも片付けないでそのままにしてもらってて結構です。とにかく少しでも楽なように、好きなように使っていただいて、荷物も遠慮なく置いて帰ってください。」
 と言っていただき、ご厚意に甘えることにした。熊本地震の時の仮設住宅管理人の川崎さんを思い出しながら、本当にやりやすくて助かっている。
 ただ、たくさんの方が出入りされるようになり、来られる皆さんはどうしても自分たちのやりたいことばかりを言って、そのたびに地元の方々は対応に追われている。
 見ていても大変だなと思う。
 そのことを地元の有力者の方と話すなかで、私は、「全国の被災地に行きますが、ボランティアの8割9割が『ありがた迷惑である』と、よく被災地代表の方から伺っています』と言うと、「その通りです。金光さんみたいに全て自己完結でここまでしていただくと、かえって恐縮ですが、昨日のように自分たちがやりたいことだけを言って来られても、対応に困ります。」と苦笑いをされた。
 対応する方も本当に大変だなと、これもずっと通っている者でないとわからない、現地の方の苦悩である。
 そしてその回はテントも建てたまま、ほとんどの資器材も置かせてもらってきた。
 第16次派遣では、初日は隣で愛知県からのボランティアがランチでウナギを振る舞っていた。
 16人で来られたわりには、洗剤やスポンジさえも持っていなくて全て使わせてあげたが、ボランティアとして恥ずかしい一面を見させていただくことで、人のふりみて我がふり直せだなと思った。
 16人で来ているチームを見ると、やはりうちは人員が不足していると感じるが、何度も申し上げてきたように、3人、4人で250食の炊き出しが出来るチームは全国どこを探しても金光教大阪災害救援隊以外にはない。
 初日の炊き出しが終わり、いつものスーパーで大量に買い出しをしていると、アロハシャツにスキンヘッドのおじさんに話しかけられた。
 「炊き出しですか?」
 「はいそうです。輪島市門前でやっていて16回目の派遣で、、、」という話をしていると、
 「いやー、自分も料理人でしたが、250食の炊き出しなんて普通出来るものではありません。本当は地元の者がしなければならないところを、ありがとうございます。」
と言って話しているうちに、現金を差し出され、「これは皆さんが炊き出しのあとのビール代としてお使いください。」と渡された。
 何度か遠慮をしたが最後には押し切られたが、なんと次の日の炊き出しのあと、また別のスーパーで買い物をしていると、同じ人に会いお礼を言うことができてよかった。
次の日には西田昭二衆議院議員も来て、「いつもありがとうございます。今日も雨の中ご苦労さまです。」と労いの言葉をくれた。
 その日は大雨警報も出ていて、時折りどしゃ降りの時もあったが、私たちの炊き出し提供の時間には雨が止み、晴れ間が出てよかった。
 以上、9月度の報告とさせていただきます。
ご支援をくださっている先生方や皆様には、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。

なお、能登豪雨災害について先遣隊を出しましたので、次号に改めて報告書を提出いたします。
引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)