能登半島地震第1次派遣(20240117-19)
●輪島高校での炊き出し
●浦上公民館での炊き出し
◎隊員報告
地震発生から約半月が経ち、被災者の方々は悲しみつらさを抱え、寒さに耐え、お互いに助け合い、支え合いながら、避難生活を送られています。救助、救済、支援活動に当たられている方々も、日々、一生懸命に力を尽くしておられますこと、御礼お祈り申し上げます。
余震も続く中、道路状況もまだまだ危険な状況で、道路の陥没、ひび割れが目立ち、雪が積もっている箇所は、道もわかりづらく、輪島市に行くまでの道路は、いくつも通行止めになっており、慎重な運転の中で、迂回しながら無事に目的地までたどり着くことが出来ました。
輪島市に近づくにつれて家屋全壊の光景を目の当たりにし、胸を痛めました。海岸線沿いの家屋は立派な瓦屋根が崩れておる家屋が多く、ビニールシートで応急処置をしている家屋や、復旧作業に当たられている家屋もありました。
今回は、石川県立輪島高等学校での炊き出しをさせていただくことになっていました。約224人が避難されており、そこには自衛隊の支援や、活動に入った18日は大阪府とカウンターパートとして連携しているキッチンカー(一般社団法人「地域活性化プロジェクト縁
GIN」/約2週間滞在)も来られており、いくつかの支援が入っている状態となっていました。仮設トイレや給水タンクも設置されており、給水タンクに何度も往復して水を汲みに来ている方の姿も見られました。
輪島高等学校に向かう途中、門前町に浦上公民館という避難所があり、訪問、支援物資をお渡しさせていただきました。そこの避難所にも支援物資が届けられてはいますが、食事の配給は限られたものがお配りされているとのことでありました。お話を伺い、隊員内で協議、支援が少ない浦上公民館でも炊き出しをさせていただければありがたいとなり、18日朝に浦上公民館の責任者の方と話して、予定を変更し、輪島高等学校と浦上公民館の2か所での炊き出しをさせていただきました。
輪島高等学校の玄関前と駐車場との間も地面が割れ、溝ができていたり、駐車場にもひび割れが起きていたりして、気を付けて歩かなければいけない状態でした。炊き出しの準備中、
輪島高等学校の校長先生と挨拶をし、お話の中で、「お粥を喉に詰まらせて亡くなった方もいる。高齢者の方は、動くのが億劫になり、お手洗いが近くなるために水分をとることを控えている方も多い。身体のために、水分補給もしっかりしてほしいです。」深刻な表情でおっしゃっていました。避難されている方同士での声の掛け合いの大切さ、健康状態の把握など、厳しい現状があるのだと、改めて感じさせていただきました。
輪島高等学校での炊き出しでは、大阪府からのキッチンカーも来ていたため、「こんなにたくさんいただいていいの?」と驚きながら、「ありがとうございます。」と喜んでいただいていく様子や、「あったかいものがありがたいです。お疲れさまです。ありがとうございます。」と声をかけていただき、嬉しく、こちらもありがたいことでした。
浦上公民館では、被災者の皆様は体育館のような広い一室に仕切りもなく、お部屋いっぱい雑魚寝の状態で過ごされていました。
救援隊の炊き出しの豚汁も運んでお配りしていただきました。
「おにぎりやパンが多く、たんぱく質をあまりいただけてなかったから、豚汁、嬉しいです。」
と言っておられる方もいました。
建物の外には、NPO法人が設置しているお風呂があり、「お兄さん方もどうぞお風呂入っていってください」と声をかけてお気遣いくださる方もいて勿体ないことでした。
ある女性の方は「車の中から作業している様子見ていました。手際よく作業されていて、すごかったです。私たちのためにありがとうございました。」とお褒めのお言葉をいただき、
気付かないところで見守ってくださっている方もあってありがたかったです。
浦上公民館では、インフルエンザが流行しているとのことで、部屋の引っ越しや物資の移動など忙しくなさっていました。
2か所での炊き出しをさせていただき、多くの方にあったかいお食事をお届けし、喜んでいただけて、たいへんありがたく本当によかったです。
これから、2月に向けてますます寒さも厳しくなり、雪も深くなっていくため、土砂災害や、災害関連死など警戒すべきこと、課題などもあり、被災者の方々のご心労は、いかばかりかと思います。被災地の復旧、復興、支援活動を心よりお祈り申し上げます。
多くの先生方はじめ、信奉者の皆様、ご支援くださる皆様には、温かいお祈り添えいただき、お守りいただき、怪我過ちなく無事に第1次災害派遣活動に参加出来ましたこと、厚く御礼申し上げます。
今後とも、救援隊活動の上に、どうぞご支援・ご協力よろしくお願い申し上げます。
(以上、園田隊員報告)
◎全体をとおして
先遣隊帰阪後、打ち合わせを重ねて第一次災害派遣を遂行した。
能登半島の被災地は大雪に見舞われて寒さ厳しく、一刻も早く暖かい食事を届けたいという願いからであった。
まずは前回より目星をつけていた輪島市門前町にある浦上公民館を訪問した。浦上公民館には約100名、近所の田村地区にある避難所に約40名の避難者がおり、一応の物資は来ているがインフラは全く整っていない。(電気だけ供給車が来ている)
今回は石川県立輪島高等学校(以下、輪島高校)への炊き出しが決まっていたため、門前町に支援が行き届いていない現状を見たが仕方なかった。
輪島高校で設営後、校長・教頭先生の話を聞くと、18日は大阪府吉村知事が派遣したキッチンカーも来て向い合せでの炊き出しとなり、自衛隊も炊き出しを行うとのことであり、正直、炊き出しが来ない避難所もあることを考えるとモヤモヤしながらの作業であった。
その夜、隊員たちと打ち合わせをするなかで、「輪島高校には支援が行き届いているのではないか」「我々はメディア等で目立たなくても支援の薄いところに行くべきではないか」「昼に輪島高校で炊き出しを行ったあと、門前に移動して夕食の炊き出しをできないか」という意見があり、一日に二か所の炊き出し(設営から調理、撤収)は不可能に近く、特に隊員3名ではオーバーワークであるが、ある隊員の「私たちも厳しいけど、被災者の方はもっとしんどい思いをされている。出来るならば支援したい」という言葉に背中を押され、輪島高校を午後1時に切り上げて門前に向かうことにした。
18日の朝、緊急車両以外通行止めの道路を通過させていただき、急いで門前町浦上公民館に向かい、施設長のKさんに炊き出しを申し出ると非常に喜ばれた。
予定通り、当日は輪島高校で100食の炊き出し「鳥つくね入り豚汁」を提供し、非常に喜ばれたあと門前町浦上公民館に向かった。
炊き出しもほとんど来ない浦上公民館では暖かい炊き出しを非常に喜ばれ、また、午後2時50分に到着して4時30分からの炊き出しに間に合わせるため、到着前に車中にてテント位置やテーブル、調理台の位置を打ち合わせながら走り、最速にて準備ができたため、駐車場で車中避難をしている方々から、その手際の良さに拍手をいただいた。一日に二か所での炊き出しは本当に厳しかったが、なんとか出来てよかった。
次回は2月11日からの派遣を決めているが、ここから本格的な炊き出しを行いながら長く支援したいと思う。
教区の先生方をはじめ、信奉者のみなさま、ご支援をくださっている企業や一般の皆様には、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。
ここから頑張って被災された方々のお役に立ってまいりたいと存じますので、どうぞ継続したご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)