安永仮設、空港保育園訪問第1日目8/10
安永仮設、夏祭り 第2日目8/11
安永仮設 炊き出し 第3日目8/12
◎全体をとおして
熊本の被災地、仮設住宅に到着すると、このたびも「お疲れさまでした 今回も雨の歓迎となりましたが、よろしくお願いします」と掲示板に書かれてある。本当に歓迎され、待ってくださっていると一瞬で実感する。
震災から間もなく一年半の時が経ち、最初はよく見かけたボランティアも今ではなかなか出会わない。細くても長く続けることは、本当に難しいことであるが、お読みいただいている皆さまのおかげで続けさせていただいている。
さて、私たちが仮設住宅に到着し、あいさつ回りをするなかで、自治会長や管理人さんからさっそくお願いされたことがある。「金光さんの炊き出しに便乗させてもらって、我々の夏祭りをさせていただけませんか?」というお願いであった。
私たちの炊き出しは、一番人が集まる。だから、その日に併せて、夏祭りをやりたいということであったので、「いやいや、あなたたちの仮設住宅ですから、思うようにしてください。むしろ、我々はここからまだまだスタッフの人数が増えていきますから、手伝うことがあれば言ってください」と言い、協力して一緒に行うことができた。上記報告のとおり、夏祭りも大賑わいであった。
また、今回で三回目になるが、仮設住宅に隣接する「空港保育園」でクッキーを配るイベントを行った。USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のキャラクタークッキー、これには子供たちも大喜びであった。
このたびのイベントでは、そのイベントでいつも司会をしてくださる先生が、話す途中で突然、「すみません、、、少しだけ自分のことを話させてください」と言って話し出した。
『実は、私の家もこの益城町にあり、熊本地震で損壊して、自分自身、辛いどん底にありました。それでも仕事に行かなくてはなりませんから、その辛い気持ちを持って毎日この保育園に通っていた。その矢先に、大阪から皆さんが来てくださって、あるときに、お好み焼きを焼いて持ってきてくださった。そのお好み焼きを食べたときに、涙が止まりませんでした。よし、明日からまた頑張ろうと思えたんです。そして、そのあとも引き続いて炊き出しのものを持ってきてくださったり、このようにイベントを組んでくださって、子供たちもそうですが、私たちの方が勇気づけられました』
と言って、もう、そこからは泣いて言葉にならなかった。
それを見た子供たちは、「先生、泣かなくていいんだよ」「泣かないで」とそれぞれに慰めた。
そのお好み焼きは、『落語会とマジックショー』を行った回のことである。
いつも隣の仮設住宅でガチャガチャして迷惑をかけているので、保育園の方に持って行ったときのことであった。まさか、そんなことがあって、先生のお力になれていたとは思ってもいなかったので、「真心が通じた」と思えた瞬間でもあった。ありがたい働きが出来ている。
また、このたびは、「益城町テクノ仮設団地」に住み、子どもがこの「空港保育園」に通うTさんが発起人となり、保育園、スーパーマーケット、ディスカウントストアなどに募金箱を設置し、我々、金光教大阪災害救援隊に寄付を寄せてくださった。
これは、「九州豪雨」が発生した際、真っ先に私に連絡をくれたTさんが、「これまで全国の方々に支えていただいたから、今度は私たちが恩返しをする番です」と言い、「大阪の皆さんはきっと九州豪雨の災害救援にいってくださる」と期待してのことであった。
その連絡をいただいた時、既に「九州豪雨」における先遣隊で大分県・大鶴にて活動のさ中であり、「大阪の救援隊のみなさん、本当にありがとうございます。頭が下がります。こちらで募金を集めています」とのことであった。
加えて、空港保育園の園長先生が発起人となり、保育園職員一同のみなさまからの支援金もいただいた。金光教信奉者のみならず、一般の方々から支援金をいただける団体、また、そういう活動になってきているという思いがする。
今回の活動に参加し、これを目の当たりにした大阪大学大学院の稲場教授も、「『恩送り』という言葉がありますが、まさに、その言葉のとおりの行動です。受けた恩をまた次の方に返していく。どんどんとその恩を送っていく。本当に素晴らしい場面を見させていただきました。隊員の方の働きとともに、また論文に込めさせていただきます」と言ってくださっている。
そしてこの回から、本格的に「九州豪雨」における支援活動を行っている。
このたび8月の「熊本・大分」災害派遣における連絡をするなかで、7月末から連絡をしていたが、被災して教会の機能を失った大鶴教会(大分県)・江田泉先生と連絡を取りにくくなることがあった。メールで連絡をしても返信が来ない。いつもと様子が違い、おかしいとは思ったが、こういう時だし忙しくなさっているのだろうと思っていた。
ところが、熊本に向かう最中に連絡が入り、なんと江田先生は、7月下旬に吐血をして、意識不明の重体、救急搬送されて、10日間ほど入院を余儀なくされていたとのことで、「そういう状況なら私たちが行ったら気を遣われてご迷惑になりましょうから、今回は見送りましょうか?」と言うと、「いやいや、そうじゃないんだ。来てほしい。元気が出るから来てほしい。みんなが来てくれるから絶対に早く退院しようと頑張ったんだから」とのことで、それならばと行かせていただいて、我々救援隊の「炊き出し」で、その地区の方約60人分を準備して喜んでいただくことが出来た。
大分での「炊き出し」は一日の予定だったが、先生や町の様子を見ると、隊員皆で話し合い、次の日の昼食の「炊き出し」も行うことにした。
大分二日目の「炊き出し」も無事に終わり昼頃には大分を発った。前回の通行止めも解除されたこともあり、近隣の状況を把握するべく、手伝いに来てくれた福間教会・手島先生の案内で、朝倉地区、杷木地区の状況も視察することができた。
どこも酷い状況で、復興にはかなりの時間と労力を要することが計り知れた。
今後も細々とでも支援をしていきたい。
以上、第16次「熊本地震」における災害派遣ならびに、第2次「九州豪雨」における災害派遣の報告とさせていただきます。
教区の先生方をはじめ信奉者のみなさまには、いつもご祈念、お祈り添え、温かい励ましのお言葉や、支援の数々を頂戴し、まことにありがとうございます。
今後ともお世話になりますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。