能登半島第9次派遣(20240610-13)
能登半島第10次派遣(20240621-24)
◎全体をとおして
5月から新しく隊員になった大阪大学4回生・森嶋隊員から寄稿してもらった。状況をよく理解し、特に修正する必要もないので原文のまま掲載する。
【現在の炊き出し拠点である浦上公民館へ向かう道中、至る所で仮設住宅を目にした。六戸に分けられた長屋型のプレハブが数棟~何十棟も等間隔に敷き詰められている。緑の大自然に昔ながらの日本家屋が点在するどこか懐かしさを覚えるこの街に、真っ白で殺風景なそれは明らかな違和感と共に存在していた。改めて周りを見渡すと、無残に倒壊し骨組みから何もかも潰れた家、一階部分が押し潰され背丈の低くなった家、ブルーシートで屋根を覆った家、亀裂や地割れでいびつな形になった道路、土砂崩れで露わになった茶色い山肌。家も道路も信号も標識もどれも不自然に傾き、平衡感覚を狂わせる街並みである。一見日本中どこにでもありそうな見慣れた田舎の風景が、まちが、暮らしが、明らかに異様な風景に変っていた。
このように実際に現地に足を運ぶなかで、私は「被災地」という場所の異質性・特殊性・非日常性・残酷性を痛感した。あの仮設住宅の数の多さを思えば、どれだけの人が家を失ったのだろうか。いつも通りの日常が、ある日突然音を立てて崩壊する。先祖代々受け継がれてきた歴史ある家、親戚や孫が集まりみんなで笑いあった家、老後をどう過ごすか練りに練って造った家、全ての家に住民の思い出や人生が、そして未来が詰まっていた。それが突然の地震により命からがら着の身着のまま飛び出す形となり、そのまま今も何も取り出せずにいる。それでも残酷にも時は変わらず流れていくので、簡素で人工的で小さなプレハブで何とか生活を送っていくしかない。これほど異質で特殊な状況が他にあるだろうか。
そして私が特にやるせないのは、このような悲惨な事態となったが、この町に住んでいる誰一人として何も悪いことをしていない、誰のせいでもないということだ。自然に対していかに人間が無力であるかという話だが、それでもこれほど理不尽で残酷なことが他にあるだろうか。被災された方々の絶望や悲しみ、行き場のない怒りを考えるとその大きさや深さは計り知れず、その苦労を経験していない私がこの場所で彼らと接すること自体に怖気づいてしまいそうになる。
しかし、考えてみればこれだけ地震大国と呼ばれる日本で、被災した人と被災しなかった人を隔てるものは実は何もないことにも気づかされる。いつ私が災害に見舞われ家を失い、避難所や仮設住宅での生活を強いられるか分からない。今日かもしれないし明日かもしれない。彼らが直面している現実は決して他人事ではなく、呑気に目を逸らして生きていけるようなものではない。つまり、私たちは皆が同じような危険性を孕んで生きており、いつ誰が理不尽で残酷な現実を突き付けられるか分からない中で、共に助け合って共に手を取り合って生きていかなければいけないのだ。
大阪災害救援隊は、いま現在そのような悲しみの淵にいる人々に対し、何か一つでもたった一人でも、前を向いて生きるきっかけを作れないだろうかという思いで炊き出し活動を続けている。このような思いに私は共鳴した。救援隊の炊き出しは、それを食べて美味しいと感じた、という直接的な効果だけを目的とはしていない。それ以上に、炊き出しへ向かう道中で偶然旧知の友人と再会した、炊き出しを待つ列で隣人と日頃の愚痴を語り合った、炊き出しからの帰り道に何か面白いことが起きた、そのときふと顔をあげたら青空が美しかった、どんな些細なことでもいい。何か一つでも、たった一人でも、ご飯を受け取る人が前を向いて一日を過ごせるためのきっかけづくりを目的としている。実際にごはんをお渡しする際、「毎回すごく楽しみにしてるよ!」「一日夕食を作らなくていいのがどれだけ有難いことか」「ほんとうにありがとう」という声を沢山かけていただく。他にも、被災された方同士久々の再会を喜ぶ方、日々の愚痴を話す方、輪になって数十分話をしている方々の姿を沢山見かける。そこには彼らの笑顔や笑い声が広がっている。私はご飯をお渡しする際、「是非また次回も来てくださいね」「次回のメニューは〇〇なので楽しみにしていてくださいね」といったように次回の話をするよう心がけている。するとすごく嬉しそうな表情で「次回も絶対来るよ」「わぁ、次もたのしみ!」と喜ばれる。
私はこれまで二度救援隊の活動に参加した。この救援隊の炊き出しが、微力かもしれないが、被災された方にとってこれからの人生を歩んでいく力の一つになっているのではないかと感じる場面をたくさん経験した。救援隊の持つ力や可能性の大きさには毎回圧倒されるばかりで、このような活動を継続的に続けていくことがどれだけ多くの人にとって救いであり願いであることかと思う。このような活動に自分が関われているこのご縁に感謝をし、一員として今後も救援隊の活動に参加させていただきたいと思う。】(原文ママ)
6月に入り、私たちが支援してきたこの「輪島市門前町・浦上地区」に新たに46戸の仮設住宅の建設が始まった。最後の避難者の方が8月にやっと仮設住宅に入居できる。
元日の発災より7カ月もの間、避難所での生活をされてきた方々。どれほどの苦労があったか私には想像は出来ても実際の苦しさはわかりようがない。
上記、森嶋隊員の寄稿のような現実が被災地にはあり、被災者の方々は今もなお苦しみの中にある。ここまでたくさんの方々のご支援をいただき、おかげでここまで活動をすすめさせていただくことができた。
今後、ここから新しい入居者が約100名増えて、どのように資金面や人員の確保をしていくか悩ましいところではあるが、被災者の方は本当に感謝され、口々に「こんな炊き出しは初めてで、支援してくださることのなかでも一番嬉しかった」と何度も何度もお礼を申される。
今後も皆で考え、工夫して出来る限りの支援をしていきたい。
ご支援をくださっている皆様、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。
引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
なお、毎回の炊き出しにおいてお米の消費量が多く、一度の炊き出しで約35キロ使わせていただいてますが、8月以降、100食増と考えますと、お米だけで毎回50キロの消費となります。つきましては、お教会にて余剰のお米をお持ちであれば、ご支援くださいますと非常に助かります。
お持ちいただけるなら大阪センターにお預けいただくか、「運搬が大変で」ということでしたら、お預かりにまいりますので、
竹内携帯電話「090-3490-0092」までお電話いただければと存じます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)