能登半島地震先遣隊(20240106-08)

派遣報告書

能登半島地震先遣隊(20240106-08)

○全体をとおして

能登半島はここ数年にわたり群発地震を繰り返してきたが、昨年5月5日に発生した「令和5年奥能登地震」では最大震度6強が観測され甚大な被害をもたらした。
そして本年1月1日、「令和6年能登半島地震」が発生し、1月15日現在で死者221名、行方不明者多数という未曽有の大災害となった。1月11日には「激甚災害」に指定された。
 救援隊は、現地の交通事情、被災地の状況を見極めて1月6日に大阪を出発した。
 事前の情報により、輪島教会が被災して全壊。教会長と息子さんは倒壊した教会から脱出して無事。今現在、教会長は近所にお住いの親類宅に避難(そのお宅も電気、水道は不通)、息子さんは小松教会(信越教務センター所長)に避難している。

◎このたびの救援隊派遣の目的は二つ。
一つ目、被災した輪島教会教会長親子が津波避難指示で何も持たずに避難したため、衣服をはじめとする生活用品の支援をするため。
二つ目、現地の状況を把握し、今後どのような支援が必要でどのようなことができるか見極めること。

初日、金沢までの通行はスムーズで、北陸自動車道も震災の影響はなかった。
T教会のT先生の仲介をいただき、信越教務センター所長である辻井学先生を頼って小松教会を訪問し、細かな情報をいただいて能登半島に向かった。七尾市から輪島まで10時間かかると伺った。
能登半島に入ると様相は一変し、東日本大震災や熊本地震を彷彿とさせる光景が広がっていた。報道では奥能登(特に珠洲市)や輪島朝市にスポットがあたり、ボランティアはそこを目指して現地入りするが、能登半島は全体的に家々が潰れ、道路は割れ、陥没し、電柱は倒れ、山の斜面は崩落して家は押し潰されている、報道のスポットがあたった地域だけでなく、どこも同じ光景であった。
 いち早く現地に入っていた大阪大学の稲場教授やNVNAD(日本災害ボランティアネットワーク)寺本理事、渥美理事長(大阪大学教授)とも出会い、災害現場ではいつもの顔ぶれである。
そして、このたびの先遣隊で見てきた難点は、避難している箇所が多いこと、アプローチする道が少なく、且つ道が悪すぎて時間がかかりすぎる道路事情と、SNSによるボランティア批判である。物見遊山や、ユーチューバーが閲覧数を稼ぐために早々に現地に入って動画配信などをしていることで、道路が大渋滞を引き起こし、本当に支援が必要なところへのアクセスに時間がかかり、支援が遅れているという現状もある。
自衛隊の人命救助が先という声が必要以上に多く、それも当然のことだが、避難されている方への手厚い支援も必要なため、どちらとも言えず、もどかしい思いがするが、やはり暖かい食べ物を提供することで少しでも心に安らぎをもっていただきたいと考え、第一次災害派遣「炊き出し」を1月17日から19日の行程で行うことになった。
今後、長期戦になることを見据えて、私たち救援隊も支援先を絞り込んでなにかお役に立たせていただきたいと願っている。帰阪後のミーティングでは、今後の活動拠点を輪島市周辺に置き、いつものように支援の届きにくい地域や支援の薄い地域への手厚い活動ができればと考えている。
現地では冬本番を迎え、寒い避難所生活、不便な仮設住宅生活と、被災者の方々はたくさんの苦労を強いられることになる。1月12日現在、すでに震災関連死は14名にも及んでいる。
私たちはなんとか少しでも、被災された方々の心が安らぐような働きをしていきたい。東北でも熊本でも真備町でもしてきたように、ここから頑張って続けていきたいと思う。
 以上、「令和6年能登地震」における先遣隊の報告とさせていただきます。
 教区の先生方をはじめ、信奉者のみなさま、ご支援をくださっている企業や一般の皆様には、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。
ここから頑張って被災された方々のお役に立ってまいりたいと存じますので、どうぞ継続したご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)